フランス人が東京で考えた。-働き方・休み方-

フランス語会話学校エコールサンパのスタッフがライフスタイル、日本での生活を通して考えたことを、サンパに(sympa: 好意的に)本音で語ります。

日本に暮らすフランス人祭り人

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昔から今に受け継がれる日本の伝統文化に関心があります。それがよく表れているのが、祭りです。一年中、どこにでもあります。私も最初は観客の一人にすぎませんでした。でも初めてみた時から、その場の雰囲気にすっかり魅了されてしまいました。踊り、太鼓の音、気合を入れるための掛け声。お年寄りから子供まで一緒になって、すばらしい雰囲気を醸し出しています。観客も声をあげ、気持ちは神輿を担ぐ人々と一体です。周囲にあるスタンド、いわゆる屋台も好きです。売られる食べ物に、その土地の特徴がでます。(例えば新潟の祭りはポッポ焼きを売る屋台があります)

 

新潟の大学に交換留学生として来ていた時、初めて祭りに参加しました。初体験は踊り手としてでした。大学で総踊りのサークルに所属していて縁があったのです。数週間練習して、開催地の小さな町へ向かいました。当日はたくさんの観客が来ていて驚きました。その人だかりを見て、田舎町の小さな祭りも大きな街と同様、住民にとって重要な行事だということを知りました。用意された踊り手用の浴衣と化粧道具で身支度をして、祭りのコースに出ました。踊りながら進んで行き、祭りの最後を飾る場にたどり着きました。するとそこにいる皆がいっせいに踊り出しました。観客も一緒になって楽しんでいます。最も素晴らしい瞬間でした。終わった後は村の温泉でリラックスして、一日を終えました。

 

その後も様々な祭りに参加しました。中でも最も印象に残っているのは、おかやま桃太郎祭りの「うらじゃ」です。目抜き通りに集まった人はものすごい数。最後はその全員が躍りに参加します。踊り手のチーム全部と、組織団体、観客。その中の誰もが振付を知っていて、大勢の人々が完璧な調和を保っている様子が印象的でした。

 

神輿の担ぎ手として祭りに誘われたこともあります。(これも新潟でした。)その時も貸りた衣装に身を包み、(さすがにふんどしは遠慮しました)鉢巻をしめました。まずはお酒とビールをたっぷりの飲んで腹ごしらえ。その後神輿の担ぎ手が位置につきます。私は最前列。未経験者がこの位置から出発です。このときすでに、ただならぬことになりそうな予感がしていました。そしてそのとおりになりました。神輿がこんなに重いものだったとは!それでも担ぎ手として貢献したかったので、なんとか辛さを紛らわせて行けるところまで頑張りました。次第にさほど辛くない位置が分かってきました。時々後方に回りました。その方が楽なのです。この祭りも観客が私達と一体になって、祭りを盛り上げました。年配者も神輿の担ぎ手に加わりました。小さな子供は神輿に乗って踊ったり、掛け声で私達を鼓舞していました。神輿が神社に着くと同時に、雨が降り出しました。それでも、そこから立ち去る観客はいません。私達と一緒に祭りの最後を楽しんでいます。全ての神輿がいっせいに並び、神職の指示によって動かされます。そこから放たれるパワーに圧倒され、雨も疲れも忘れるほどでした。

 

祭りで最も素晴らしいと思うのは、喜びと良い雰囲気の中で生まれる一体感です。そこでは外国人も完全にその一員になれます。中にはフランス人を見て驚く人もいますが、祭りに加わる私の姿を見て、自国の文化に誇りを持ってくれればいいなと思っています。

(Patrick G)

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